病気の話

発達障害

 最近の精神科医療では、「発達障害」という言葉をよく耳にします。児童思春期の精神科を標榜する当院では、耳にするどころか日常的に飛び交い、定着した言葉です。病名として使われますから、よく診断名としても使われています。実際にそういった「診断を受けた」方も、身近にそういった方がいらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

 発達障害とは、脳の高次の機能と考えられている、ものを考えたり、判断したり、感じとったり、行動したりする能力の発達に、平均的なところと比べると偏りやちぐはぐさがあり、社会的な活動に支障がでてくる障害です。つまり、発達障害を持つ人は、生活、学習、仕事や対人関係などのいろんな面で、苦手なところや不器用なところが目立ってきて、不適応をおこしやすくなるということになります。この発達障害の考え方は、最近になって急速に普及していて、医療だけではなく学校の現場でも注目され、「特別支援教育」の対象になっています。僕が小・中学生のころにはほとんどなかった考え方ですし、精神科の研修医のころにもあまり教わらなかった考え方でした。
 発達障害の代表的なものに、広汎性発達障害(PDD)、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、学習障害(LD)などがありますが、ここではPDDを例にお話します。
 PDDは、自閉症から軽い自閉症傾向までの広い範囲の発達障害を含み、日本では馴染みのある「アスペルガー障害」も含みます。現在のところはPDDですが、新しい米国の診断基準では、自閉症スペクトラム障害(ASD)となりますので、日本の中でも、さまざまな呼び方があって、混乱している部分もあります。
 PDDの特徴は、社会的なコミュニケーションや対人関係での相互交流がうまくできずに、興味や活動の幅が狭く、こだわりが強い行動パターンを繰り返すところにあるようです。程度が強いと健診などで自閉症と診断されますが、多くは就学してから孤立したり、「空気が読めない」「言われたままに受け取ってしまう」といったコミュニケーションの問題が生じたりして認識されるようです。また最近では、いじめの被害にもあいやすいようで、不登校に陥ってしまう子どもも多いようです。成人してからは、いわゆる「ひきこもり」の状態になるケースも多くあります。一方では、興味のあるものには深く追求する特性からか、学問や芸術の世界やさまざまな専門家として成功するケースも多いようです。伝記などにもなっている、ファーブルやエジソンはその典型と言われています。
 ここまでお話するとPDDをはじめとした発達障害の場合は、「うつ病」や「統合失調症」といった、従来から精神科で使われていた病名とは多少違った使われ方をしているようにも見えますね。これは、従来の精神疾患が、ある人に"起こった"異常な「状態」を指すのに対し、発達障害は、ある人が"持っている"片寄った「性質」を指すことに由来しています。うつ病などになった人は「病気にかかった」のであって、発達障害を持つ人は「特性を持っている」ということになります。特性ですから、その人がもともと持っているものではありますが、決して「治らない病気」ということではありません。従って、特性ということを考えると、発達障害の臨床においては、それを治療するというより、「特性を理解し上手くコントロールする」ということがとても大切なことになります。一方で、相談や治療に来られる方の多くは、環境に対して何らかの不適応を起していることがほとんどですから、不適応から生じる、不安や抑うつの治療をまず行うことも多くあります。また、いじめなどのトラウマも大きく影響していることもあり、ケアが必要になることもあります。特性をコントロールするためにも、それらの二次的な障害を治療することはとても重要です。
 特性ということをもう一つ考えると、これは病気と違っていわゆる「程度問題」であり、大人になっても多少それは残っていく、ということです。例えば、PDDの場合、実際にその診断がつく人は、かなり多く見積もっても同年齢の子どもの中の1~2%ですが、正常との間にグレーゾーンがあって、「PDDの傾向がある」子どもはその何倍もいる、ということになります。そしてこれは、大人にも言えることです。
 PDDだけではなく、AD/HDやLDなどまで含めると、大人から子どもまで一般に暮らしている人の中には、多少なりとも発達障害の傾向を持つ人は相当たくさんいる、ということをご理解いただけたでしょうか? ちなみに僕は、小さいころから相当に忘れ物が多く、片付けが苦手で、かなりはっきりとしたAD/HDの傾向があることを自覚しています。ある時期まで極端に漢字を書くのが苦手でしたので、LD傾向もありました。つまり、発達障害の視点からみると、そこでみられるいびつさは、けっこう一般的にいろんな人が抱えていて、皆それと付き合いながら生きている、ということになりますでしょうか。まあ、この世に完璧な人間などいるはずはなく、発達障害的ではないにしろ、人それぞれそれなりの偏りやいびつさは持っているものです。それにもかかわらず、発達障害が何かこう特別な目で見られたり、「治らない病気」として扱われたり、発達障害を持った子どもがいじめの対象になったりしているのは、とても悲しいことです。この現状を見て、僕たち精神医学にたずさわる人間は、いつかきた精神分裂病の轍を踏まないようにしなければなりません。
 発達障害の考え方が入ってきて、精神医学の中身もずいぶんと影響を受けました。ただ、新しく普及した考え方はきちんとした理解を必要とします。この稿がその一助となりますように。

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